盲目の牛と牛飼い

九大で視覚文化論の話をしたとき、食いつきがよかった素材にサックス&盲目の牛というものがある。
 サックスの話は、数十年後に視力を回復したものの、生理学的には視神経のどこにも異常がないのに徐々に目の見えない状態へ陥る患者の話であり、ものを見るとか見えるということがもつ自然性と文化性について問題を提起するという性格のものである。
 これとは逆に、『盲目の牛』とは、以前スイスでの博覧会で開催されていた漆黒の闇を歩く展覧会のことである。建物に入るや否や、視力が突然奪われ、暗闇の庭を歩き、バーで飲み物を注文して支払いを済ませて味わい、外へ出てくるという企画である。そのつど5−10人くらいのパーティが編成されるのだけれども、その導き役となるのは視覚に障害をもつ人物である。羊飼いならぬ牛飼い役なのであろう。彼は、入り口近くで皆が雑談していると、空気の流れや音の出る方向から人数を正確に把握してしまう。暗闇で取り残された落伍者のフォローやら、バーでのグラスの手配やら、大活躍をするのが他ならぬ彼なのである。ともかく暗闇で歩く水溜りや草地の触感や水の味が普段とは異なったものになる、そうした経験を前者の話と対にして話している。
 ところでこの盲目の牛は、現在も進行形のようである。
 下記のサイトを参照のこと。→http://www.blindekuh.ch/