雪崩のごときパノラマ

■パノラマ報告
 インスブルックのパノラマの特徴は、その斜面にある。
ムルテンで見た戦争パノラマ、あるいは図版で確認した各種の戦争パノラマを参考にすると、戦争パノラマというのは、展望台を参謀本部に見立てて、そこから見渡される戦局をのぞむ構成が多いような気がする。

 ところがインスブルックのパノラマは、展望台が山の中腹にあり、階段を上がると目の前にそそりたつ山脈を遠くに見やりながら、手前の斜面をこちらに次々と昇ってくるフランス軍バイエルン軍の射撃隊の姿を目にする。左右には切り立った丘の斜面を波打って駆け下りるチロル軍の歩兵たち、あちこちに立ち込める硝煙、そうした戦争の真っ只中に観客は置かれるのである。

 もちろん従来の戦争パノラマにも戦闘の只中に観客を据える工夫はあった。音はしないもののあたりに銃声や叫び声が響き渡りそうな壮絶な様子に周囲を囲まれる経験、それが戦争パノラマの醍醐味だったのである。

 しかしホーファーのパノラマでは、イメージの傾斜と足元の傾斜が独特で、まっすぐな階段を昇りきったものは、即歩兵となってフランス軍バイエルン軍の侵攻を迎え撃つ役割を
担わされる。振り返ると、参謀本部があり、そこにも壮絶な銃撃戦が繰り広げられている。しかしその後方中央にやけに落ち着き払った髭の男がいる。彼がホーファー。動かざることホーファーの如し。

 ホーファーの戦争パノラマでは、燃える農家から立ち上る煙、硝煙、山にかかる霞、それが銃身や柵や木立を介して、さらには遠方のケッテ(鎖)状の山並みを介して、立体的にすべてが立ち起きてくる。それが斜めに崩れ落ちるような雪崩の面の立ちおきを目指している。

 昨日も書いたが、身の丈190はあろう髭面の酒臭い愛国主義的チロル人が今にも戦いに飛び込みそうな勢いで演説していた。気持は分かる。チロルの各村から決起した農民が一斉に山の斜面を駆け下り、勝ち取った自由の象徴。もちろん誰も後には続かないが。

 しかしこのパノラマ画を描いたディーマーなるミュンヘンの画家はそれ以前に氷河のディオラマで有名であった。開館直後の雑誌や新聞の批評を見ると、風景を賛美した文章も多い。アルプスの山々が可能にしたパノラマ的な奥行き、それが実はこのパノラマの本当の醍醐味なのかもしれない。

以上、インスブルックは大体終了。
次は海景パノラマ。