電気論/天使論


■電気論終了
講義用にSconceの最終章も訳してしまう。昨年度の後期にやりかけで残した素材がいくつもあったので。百人おどし、電気の伝わらないままに沈没するタイタニック号、その沈み行く電波の海、電気の世界の宇宙人が勢力を広げるカタストロフのノイズ空間、電気椅子を経てTV番組に跋扈する殺人者を主題にした『ショッカー』、そしてボードリヤールのビデオ的電気的主体。こう一覧すると非物質的な物質的「流れ」としての電気が、文化的表象の力学をそのつど編成していた様子がよく分かる。電気的比喩の歴史的位置価もここから測定できる。
Haunted Media: Electronic Presence from Telegraphy to Television (Console-Ing Passions)
Xファイルを注文。


■天使のフリップブック
ストップモーション、時間の断片化』の序文もざっと訳してしまう。
ベンヤミンドゥルーズが一瞬だけ出会う序文だったので。

面白かったのは、後ろ向きの天使をリュミエールの『壁のとりこわし』のごとくに読むという一節。それを敷衍すれば、新しい天使は年代記的におしやられながら、その逆回しをシネマトグラフやフリップブックでぱらぱらとめくっていたことになる。
そんな妄想も少しだけ抱いてみる。