ミュエック展


ポスター打ち合わせのためだけに神戸往復。本当に信じられない業務。

ロン・ミュエック
を週末に見に行く。21世紀美術館で8月まで開催。
いつもどおり皮膚の皺や毛穴や剃り跡の精巧さと、実に中途半端な大きさ。フィギュアには大きすぎ、等身大人形には小さすぎたり大きすぎたり、記念碑的大きさには物足りないサイズ。それでもホワイトキューブ内に設置されると一気に空間を寝室や居間に変容させてしまい、これだけの生々しさと馬鹿馬鹿しさのわりに「彫刻」作品であると自ら言いはる作品群に笑う。準備段階に制作された各種ミニチュアも展示されていた。
 以前カルティエで見た以外の作品は、《ガール》と《船の中の男》。カタログは下記。製作過程を記録し、館内でも延々と流されていたDVDも購入しておく。カタログもDVDジャケ写真も《ガール》。
ロン・ミュエック
21世紀美術館は初訪問だったのだが、円形の空間構成が拡散と統合を同時に引き受ける構造であり、一方で方角の見当を散らす造りでありつつ、美術館内で催されているさまざまな行事をショーウィンドウのごときガラス面でつなぎ、外周が円であるためそれを含めた各利用スペースが大きくシークエンスを形成し、会場すぐのレアンドロプールと奥まったスペースから上方に開くタレルの部屋がキャッチィなスペースとして控えている。もちろん地元の作家のためのスペースも忘れていない。
よくできた、そしてとにかく金のかかった美術館。どの美術館でもできる芸当ではない。

マトリックス
 マトリックス特集号(現代思想2004年1月号 特集=マトリックスの思想)を神戸往復の合間に読む。たぶんこうした一連の特集や論集に当時興味がどうにももてなかった理由は、議論の多くの部分が哲学系のお話になっており、この、スペクタクル性に満ち、スペクタクル(のスペクタクル性)を孕んだ素材についての分析のなかに、それゆえにすこぶる厄介であるはずの分析対象に実も蓋もないアプローチが多く、それに辟易していたからだと思い出す。別にマトリックスでなくともいいではないか論が実に多い、そういうこと。
 というわけで同誌所収の廣瀬論文と吉本論文を読む。前者はマルチチュードの文法を参照しつつ、「形式的アナクロニズム」と「現実的アナクロニズム」を説く箇所が面白い。以前ここでも触れた猫のデジャヴがほりさげられている。もっとも欲を言えば最後のダブルバインド装置をどのようにかいくぐるかの話の先が読みたい論。