トム映画、イメージ(未満)の人類学

翻訳をしあげつつ、諸々遅れている原稿等を催促されながら、雑用をこなす。

■トム映画
 大学院のプロジェクト絡みでクロウの『ヴァニラ・スカイ』とスピルバーグの『宇宙戦争』を見る。両者をつなぐのはトム・クルーズ。後者についてはすでに議論もあるのでおいておくとして前者は、トムの複数の顔が交錯するディープな作品だった。すでにリメイクであり、トムの明瞭な介入も分かっており、トム自身がトムのようなものを演じて自身に目を覚ませといいつつ、現の顔の痙攣と夢の顔の痙攣が斜めにつながれながら、そのまままどろんだままでヴァニラ色の空からホワイトアウトする、どこか一枚隔てて出来事を見聞きしつづける、中毒的な作品だった。潜在意識が強くなりすぎたあげく表象の置換や結合が生じてしまう、いわばドリームマシーンとしての映画、その映画をまんまと眠りつづけているトムによる映画。実に変な映画。
バニラ・スカイ [DVD]

■イメージの人類学
 ベルティングの論文「イメージの人類学に向けて」をプチ読書会で読む。下記の論文集所収。
 Anthropologies of Art (Clark Studies in the Visual Arts)
 『イメージの人類学』のダイジェストのような内容。イメージ、身体、メディアの三者の相互関係からイメージ未満のイメージの次元を掘り出す方向は分かる。しかし、その反面で――論のはしばしで強調される――「(イメージ未満の)イメージ」ありきという立場が、イメージと身体、メディアと身体の境界線上の諸側面の理論的先鋭化を抑えてしまいかねはしないかという疑問は生じる。メディアをイメージと区別する身体を、あまりにも無時間的に保留してしまいかねないかとか、英米の議論とのあまりにもの距離の採りぐあいとか、少々気になる。
 とはいえ、素材は豊富。次は『イメージの人類学』の写真に関する章を読んでいく。

■夏季読書会
今年はセクーラ「身体とアーカイヴ」、ド・デューヴ「スナップショットと長時間露光」、フリード「ストリート写真」、クリンプ「美術館の古き/図書館の新しき主題」、カンパニー『映画と写真』のなかの一章を読む予定。
最後のものについては『写真空間』での堀氏の連載も参照のこと。ド・デューヴについてはベッヒャー本とウォール本などがある。
GrundformenJeff Wall (Contemporary Artists)Look: 100 Years of Contemporary Art