自然の鉛筆論 その6

photographology2004-12-03

 さて第二巻。その一枚目、通しで6枚目の写真《開かれた扉》である。
第一巻の末尾で胸像という制作物を撮影していたとすれば、こちらは逆に絵画的な写真を現実の光景から写しとめている点が対照的である。被写体はこれもトルボットの居住地にある所有物のひとつであることも断っておこう。

 テクストは以下のような内容になっている。
 本書の主要な目的は、いずれ後の世代が成熟へともたらしてくれるであろう新たな芸術(a new art)の始まりを記すことである。これはそうした展開の揺籃期におけるささやかな努力であり、友人たちも賞賛してくれたものである。私たちはオランダの芸術のある流派について、日常的な出来事などを再現表象の主題とすることをよく知っている。画家の目というものは、通常の人々がなんら注目すべきものとしないものに注意を向ける。例えば太陽の光の偶然のきらめき〔gleam〕や通りに落ちた影、古びたオークの木や苔生した石がそれであり、そうしたものは一連の思考や感情、そしてピクチャレスクな想像を惹起させるかもしれないのだ。

 『自然の鉛筆』ではこの写真の他に2点ほど(図版10と14)が、新たな芸術と写真がなりうる可能性を控えめに語っている。テクストから分かるように、ある種の新たな芸術の一例として写真が呈示され、写真はさらにある系譜――17世紀オランダ絵画における日常的主題の描出――のなかに編入される(18世紀から19世紀にいたるまでこの時代の絵画は収集の対象であり、多くの人々が嗜好したジャンルであったという)。その特徴は些細な細部にすぎないものへの注意であるとされる。
 では写真に目を向けてみよう。左右をブドウの木に覆われた建物、その開口部が画面ほぼ中央に捉えられ、半ば開けはなたれた戸には箒が立てかけられている。ファサードの右手にはランターンがかけられ、その表面は日の光に鋭く輝くとともに強烈な影を壁面に投げかけている。画面下部は建物入口のステップぎりぎりで切られ、その水平な線は室内の影が始まる水平線と平行している。
 画面の中心には斜めの箒、その斜線と平行して戸に斜めの影が落ち、戸の下端の対角線と交わり、一方で暗い室内へと私たちの視線を導いていくかのようである。見ると室内には格子窓が控えており、向こう側からわずかに漏れてくる淡い光を垣間見せている。他方で、箒とファサード壁面が奥へ進む視線の動きを引きとめ、木々やランターン、そして戸の上部に掛かった馬具(?)とともに視線を手前の面に引きとどめている。1枚目と同様に時間のなかで摩滅した石の表面の肌理も目を惹く。
 先ほどの細部に対応するのは右上方のランターンの表面の輝きと壁に落ちた影、床に落ちた影、壁面に落ちたブドウの木の影である。実際この写真の主要な対象となっているのはさまざまな影と光の反復である。画面のいたるところに落ちた影、奥行きへと向かう志向を差し止め表面に散らせるのもこの複数の影(と光)である。こうした――これまでの他の写真に見られた――拮抗関係をこの写真から読み取ることも可能である。17世紀オランダという言葉には収まりきらない部分かもしれない。
 また、芸術の系譜への写真の編入という文脈に適合するか否かに関して、もうひとつ興味深い指摘がある。マイク・ウィーヴァーはこの写真に関して、「カメラを手にしたディオゲネス」という論文で、レイコック・アベイの入り口2階ホールにあるランターンを手にしたディオゲネスの彫像写真を契機に次のような議論を展開している。
 ディオゲネスとは、トルボットにとって暗闇の中に潜んでいるものを明らかにする神秘的な化学者の象徴であったという。ディオゲネスは17世紀から18世紀末にいたるまで文化的英雄たる地位を占めており、とくにそのランプの光はあらゆる真理を表すためのメタファーあるいは真理へ向かう精神の探求の道具となっていたのである。これと相関して、暗い部屋、カメラ・オブスクラも、同様にそうした探求の反省のための場とされている事実も指摘することができる。このように考えるならば、この写真の右上にあるランターンはまさにそうした精神的系譜から捉えられ、画面奥に控える暗い部屋は文字通りカメラ・オブスクラとして捉えられるのである。さらに言えば戸口の箒は、そうした部屋の敷居にある理性以外のものを抑制する働きを表しているとも言われる――トルボット自身の『語源研究』においても「箒」にはこうした働きが指摘されているのである。同時代の錬金術師の室内を描いた絵画においてもこうした箒は描き出されているのである。もちろんここから異教的伝統へと話は広がっていくのだが、ここまでにしておく。

 もしこの指摘が正しいのならば、この写真を目にした当時の限られた読者たちは、テクスト以外に、反省の場としての暗い部屋を容易に惹起されていたことになる。

以上、写真レベルとテクストのレベル、そして図像学的レベルからこの写真が扱われる必要性を導入したところで今日は締めておく。