仏像・写真・対話

■写真との対話等
 昨日購入した写真集特集と『写真との対話』をめくる。いろいろ感想を抱いたので本ダイアリにも感想を挙げるかもしれない。

■崇高
 預かっていたブルトンの崇高論を読みコメントをする。大戦間という問題や崇高の言説の歴史的断層があれば話は面白くなる。でもそれがなければたんに詩人が至高のものから霊感を受けて創造するという神話におさまってしまう。大戦間期のこうした言説は慎重にかからないといけない――そんな感想を抱いた。

■『仏像と写真』
展に行く。展示室の二室に仏像とその写真が展示され、その撮影の効果――光の入り方、焦点のあわせ方、アングル、視点の高さ、焼き加減、サイズ――の問題が学習できる按配になっている。ちっちゃい仏像の場合に肌理をどう描出するかという問題がふと思った点。…ただし、写真もよいであろうし、仏像も希少であろうし、展示のスペースも制約があったのであろうし、事情は分かるけれど、写真と銘打つならもう少し色気を出してほしいと思った。『写された国宝』展を期待して行ってはならない。皆感想を書かないけれど、カタログに仏像の図版だけ載せて展覧会カタログって…それはないと思った。あくまでも写真における複製に関心がある視点からの感想にすぎないが。といちおう断りはいれておく。