ジェフリーの言い分


 イアン・ジェフリーは一方でこう言っている。
「彼の写真は、恣意的に並べられた自然の表象ではなく、きわめて規則的なパターンにしたがって選択され、構築された構成や組み合わせなのである。…〔中略〕…彼のカロタイプの明らかな主題=被写体は、表象手段としての写真に他ならない。そうした写真は、自らの前提を明らかに述べているという点で模範的写真と呼ぶことができるかもしれないのである」。
 ただし他方で、『Revisions』のなかでウィーヴァーにたいして彼はこうも言っているのである。
つづく

デコデンダゲレオタイプ
 知り合いのブログでデコデンが話題になっていた(http://d.hatena.ne.jp/mika_kobayashi/)。たしかに待ちうけ画面が「遺影化」している。これは叶姉妹のものから気になっていた。デコデンという本まである(http://www.boutique-sha.co.jp/order/week.html)。しかしブティック社とかおばあちゃまの手作り服とか夏ミセスの服とかのなかに「デコデン」。…携帯電話を使用している人を見ていると祈り棒か魔法のコンパクトというのが当てはまるような気がしてならない。ある種の異界につながるためのメディウムとしての携帯電話。デコデンを見てケース入りのダゲレオタイプを想起するのは私だけなのか。