漫才、コント


大学に行き、予算消化をして雑用こなす。

■コント、キャラクター、やまぐち
 提出論文の一本を読む。素材は面白かった。漫才とキャラクターについての考察。しゃべくり漫才という現代的漫才が生起してまもなく、コント漫才なる漫才形式も生じてきた。漫才のなかである設定のある役柄(キャラクター)を演じるこの形式は、かつてと同様、現在も、連綿と続いている。芸人という素の体(テイ)の次元と、キャラクターの次元の往復、これが論文では確認されている。もちろん他にも面白い視点はあった。ぼけのぎこちなさ以外に、つっこみの反復によるぎこちなさに笑うという視点などは、もっと展開すれば面白くなる。

 論文の内容はさておき(というか諮問前にあれこれ言えないので)、コント的なものの現在、あるいは、レッドカーペット的、キャラクター芸的なものの現在について議論を拡げることもできる。一方で素の次元では、これでもかというほど素の裏が掘り下げられ、他方でキャラクターの次元では明滅する多重人格のように弱弱しくキャラクターの断片が積み上げられる。どちらにも強度はない。
 たとえばキャラクターのほころびから素が露骨に見え隠れするSM女王芸人や貴族の芸や自称イケメンなど、たぶんキャラクターの強度も素の強度もないまま、その間の機能不全な往還によって笑いが生じている。笑われているというそうした事態が別に悪いという訳ではなく、憑かれてないキャラクターがともかく多いのが現在。

 こういう趨勢を見ていると、ドンドコドンやまぐちがある強度をもって浮上してくるような気がしてきた。いたって普通に素と芸が完全に変である。

以上メモ。